YNFP 横浜国立大学フォーミュラプロジェクト team Beaujolais ウェブサイト

矢田宏樹

矢田 宏樹(やだ ひろき/Yada Hiroki)はYNFPの学生アドバイザーの一人。
その実に豊富で多彩な経験は、常にメンバーの糧となっており、この人がいなければどうなっていたか分からないことも多数。
--

自己紹介です! bookmark

本業、バイクショップ経営。横浜国立大学の夜間部(既に募集停止)に
通う社会人学生。ただいま39歳。
国家二輪整備士。溶接、プレス、旋盤、フライス、他、色々資格を
持っている。車は大型トラックも運転できるらしい。
元、エンジニア。
機械系エンジニアを辞めて自営業へ。その傍ら大学へ通いだすという
変わった生活を堪能している。
徳山高専中退。その後、なんとか立ち直り
18歳で家を出て、早20年。
なんでも自分でやることをモットーに
貧乏に(?)生きてまいりました。
国立職業訓練大学校東京校を1990年に卒業し、
一部上場企業の開発部門へ就職。
3年後、その会社がアメリカのジャパンバッシングのアオリを
食らい、特許訴訟で大負けし(250億くらいだっただろうか)
多くの開発部員が散り散りになった勢いで会社を辞める。
その後、発電所の建設労働員など裏の稼業を経て、
オーストラリアへ逃亡。
現地名Huey YADA
現地での職業はトラックの運転手とか
免税店の店員とか。
1年半後に日本に戻り
現場労働者に。二つの会社を掛け持ちして
一日18時間働いていました。
その金で1年後にヨーロッパ放浪。
一文無しで戻った成田から
今の居場所に落ち着く。
覚えたスラング英語を駆使し、
大手メーカー数社でいろんな技術職を担当。
変わったところでは、長野新幹線のブレーキ周りや
リニアモーターカーの足周り、
ボーイングのジャンボの油圧系統や
自衛隊のヘリのローターブレーキや
次期FSX戦闘機の足回りなどの実験を担当。
これ以上は墓場まで持っていかないといけないので言えん。
身近なところでは、docomoのphsと携帯が一つになった
機種の開発なんかも一時期やっていた。
でもいまだに携帯電話は持ったことが無い。
開発中にその携帯持ち帰ってかけ放題であったが
かける相手がおらず、もったいないことをしたと
いまさらに思ったりするが、技術職なんてのは
おおよそそんなものだ。
iMacのCD-Rドライブの開発なんぞもやっていたことがある。
自分でもかなり変わった経歴だなと思い返す。
個人的趣味と本業がリンクしたところでは
海外ラリーに何度か出場。
全く知られていないが
2001年と2007年の
オーストラリアンサファリラリーでは
オートバイの部門でクラス優勝している。
2001年は250cc以下クラス優勝。
2007年は450cc以下ペアクラス優勝と
ペアクラス総合優勝のダブル。
自慢じゃないが、他のチームが消えたので
タナボタになったということ。
まったく実感なし。
2004年は、パリダカールラリーに
日本人ライダーのメカニックとしてベルギーの
BERGHE’S Racingより参加。
恐ろしいパワーのカミオンに乗ってダカールまで。
途中、兵士に襲われ、真面目に死に掛けました。
銃は怖いね!地雷原も走りました。
本物の死体も間近でたくさん見ました。
世界はテレビや報道では見えない
本当の真実がたくさん転がっています。
日本は平和です。
今は、生かされている身だと思って
何事も努力経験実行で楽しみたいと思っているところです。
ゲームとかアニメとかで遊んでる学生見ると
喝を入れたくなりますね!
フォーミュラですか?
まだまだですね。
個人的にはもっともっと学生らしいものを
出してもらいたいと思うのですが、
ただのモノ真似にしか見えないのが残念。
学生らしいアイデアを形にする方が、学生らしいですし
それをせずに何を求めるのか?と思ったりします。
新しい技術者は、イノベーションを求めているのです!
整備士なので実際にマシンに触れないのがとても不満です。
自分ならこういうのを作るってのが頭にあるのですが
形にできないこのジレンマ。
誰か私のアイデアを聞いてくれる人がいたら嬉しいです。
他校の方も歓迎です。
学生フォーミュラを盛り上げましょう!


カテゴリ一覧:YNFPメンバーアドバイザ2006年入部のメンバー
トップページ


ページTOPへ