光陰マシンの如し

こんにちは.太郎です.

今回が減益としての最後の日記となると少し感慨深いものがありますねぇ.
今日はそんなこともあって長い日記になるかと思いますがご承知を...

さて,まず始めに堀が昨日言っていた「伝説を残した」という話ですが,
そんな伝説なんて話ではないです.というか黒歴史です.

堀にはそんなに深刻ではない様にとらえていそう(?)ですが,自身にとっては
この部活属して以来の最悪の4時間
でした.

一応何が起きたかはこれから記しますね^^ (オチはとてもダサいです.)

まず予兆が見られ始めたのは大会の1日目でした.
車検の関係で騒音試験というものがありまして,その関係でマシンのエンジンを暖機することになりました.
いつも通りエンジンをかけようとしてセルスイッチを押したのですが...
キュキュッ...
元気のないセルの音と一向にかからないエンジン.
色々考えた結果その日はバッテリ圧不足と考えて充電し翌日に控えました.

このときはですね,よくある症例だと踏んでいて落ち着いていましたし,2日目の朝にすぐにエンジンがかかるものだと楽観していました.
(というのも大会を迎える直前の日曜日に特段問題なくエンジンが始動し走っていた為で,このときまでは電装としてもすぐに対処できるほどのトラブルと場数を経験してきたつもりでしたので...)

ところが,悪夢は2日目に訪れました.
単純に言っちゃえば.1日目に見込んだ原因はハズレだったわけですね.
セルの周りが良くてもエンジンがかからない...

このときようやくハーネスの故障と踏んだわけですが,なぜこの機になってようやく?と言いますと,昨日の時点よりECUにはハーネスの故障を示すサインが出ていなかったのでまだ手を付けずにいた訳です.
(コンピュータが壊れていないって言ってんのに,故障を疑うとかもはや本末転倒行為ですし)

半ば疑いながらも,故障チェックし始めるのですが,この辺りから自身の頭は混乱し始めていました.

あれこれしてようやくエンジンにかからない原因が「プラグに火花が散らない」と発見したのですが,またここからが地獄.

プラグのハーネスが壊れているかと思いきや,故障している形跡が見当たらない...!
故障していないのに動作しない...!まさかECUが...!でもECUは中を開けてみても故障した形跡はない.じゃあやっぱりハーネスの故障...?でも壊れてない→(以下ループ)

迫りくる時間の関係もあって,いよいよパニックに陥ってしまった自身は訳も分からず同じ場所の故障チェックを何度も繰り返し,何も修復していないのにもう一度動作チェックと訳の分からないことをして時間浪費をしました.

結局,話すと長くなってしまうのでオチを言いますと,エンジン側のセンサーのコネクターが抜けていることが原因でした.
ECU上ではエラーが無かったのですが,ヤケになって全部のコネクタ調べたろという暴挙に出た結果見つかりました.

結果,午後一から修繕し回復したのが午後4時半.4時間以上にわたる電装との格闘は結局コネクタのすっぽ抜けという間抜けな原因で終わっていたのでした.

でも,結局それが見つかったおかげで3日目以降スムーズに事が進み,結果2位という順位を収められたわけですから,自身としては嬉しいという気持ちと同時に
記憶から消し去りたい
という気持ちでいっぱいです.

まだ続きます.
さて,ここまででもう十二分に長いわけですが,ここからは思い出話を少し.

ここ3年を振り返ってみると本当に自分は好きなことをやらせてもらって楽しませてもらった3年だったなぁと実感しています.

14年度の頃は多くの遠征に連れて行ってもらい先輩たちの背中をみて,
ああ,整備ってこんなふうにするんだな
とか
他の大学のマシンって全然違うな
とか
この部活いろいろヤベェな
とかいろいろな事を教えて頂きました.

そうそう,このとき浪人太りしていた自身の体もお得意の胃腸炎発動で65kg→52kgというライ○ップ顔負けの減量にも成功しましたね.
痩せる秘訣は胃腸炎→絶食→温の素うどん(8月ど真ん中)
これだけで4kg痩せました.

15年度はこの部活の生き方を少しづつ学んだ年だったかもしれません.
14年度の時は楽しくてどうしようもないのでつい自分の限度を超えて倒れるなんてこともシバシバ...
それの反省も活かして適度な休養と進捗管理,後輩を気にしだしたのもこの辺りからだったでしょうか...?

また,ようやく自身の担当部品も決まり一戦力として,自身のこの部活で最もやりたかったドライバーとして動き始めたのもココからでした.初めてマシンに乗って車を駆った時のあの感動は今でも覚えています.「これから,マシンに乗ってマシンをよりよくして速く走る1ドライバーとしてこの部活で生きていける」なんて当時考えていたような気がします.

同時に自身の担当パーツに向き合う難しさを知ったこともありました.
例えば,あの樹脂サージタンク.8月エコパで盛大に「パッカーン」しました.
吸気漏れってやつです.パッカーンしたのはセルボタンを押した時でしたねぇ....
えっ,何で知ってるかって?
セルボタン押してバックファイアでサージタンク真っ二つにしたドライバーは吸気担当の私自身だったからですよ.
まあ,つまりとして吸気担当が自身で破壊したってことですね☆

そうそう,8月エコパで肺が吸気漏れしたのも良い思い出です.(気胸

☠8月エコパでは設計者も部品も吸気漏れしました☠

16年度はとりあえずなにかとタスクが空から降ってきたような気がします.そして電装に泣かされた1年でした.
新たに電装と運営(主に日程管理)が役職として加わりました.
(一応,肩書もサブリーダーとかいう名前になりはしたものの実質のところただの日程管理するだけの名ばかりでしたが...)

とにもかくにも電装には手を焼きました.
15年度までの1年半,電装知識ゼロ,蓄積された引継内容もあまりない.
まず電装で一番最初にやったことは「配線図を読めるようになる」とかいう超初歩.

スポンサー様のご助力もあってハーネスが少しづつできたがって来たものの連日の繰り返し作業に精神もつかれて,挙句の果て夢にまで出てくる始末.
結果,
起床時間中...電装作業 睡眠時間中...電装作業の夢
とかいう24時間365日電装のハーネスを見れるとかいう恐ろしい事案.
しかも見る夢はハーネスがスパゲッティ(やきそば)になって処理が大変なことになっている悪夢ばかり
電装の製作期にちょっと戻りたくないですね.

まあ,いろいろ振り返って最後のゴールを見てみれば私は
パワートレイン班 兼 ドライバー 兼 電装 兼 運営
とかいうこれシャシー以外全部やってね?的な何かになってました.

それも相まって一つ一つの作業が適当というか中途半端だったような...
パワトレ統括していた三井には本当に苦労を掛けたような気がします.

そんなこんな,とても長くでもとても短く時間は過ぎて,好き勝手してでも逃げ出したくなるくらい苦労もして,
この部活には良くも悪くも色々なことがありましたが,最後まで続けたのも,
結局この部活がとても楽しかったからだと僕は疑いません.

今,16年度マシンを完成し,大会を終えてこの部活がサイコーに楽しいです.

辛いこともいろいろあったので.辞めたくないって言ったら嘘になるかも知れませんが,だからと言ってこの学生フォーミュラからスッパリ縁を切れない気でいます.

次年度マシンは後輩のストーリーと夢が詰まった物なので,今後私は一歩引いたところから見ていきますが,今後も何かしらの形でこの学生フォーミュラに少し関わっていけたらなと今は思っています.

最後に,最高のメンバーと優勝争いと成績を収められたことにメンバー全員に感謝しています.

今の1,2年来年頑張って優勝目指して下さい.

さて身を引いた人間の長い話はここまでにさせて頂きましょう.

最後まで読んでくれた方有難うございました.

明日の日記は自身をたくさん支えてくれたパワトレリーダー 三井 です.