どうやら15メンバーは卒業のタイミングが全員違うらしい

ご無沙汰しております。YNFP15でテクニカルディレクターをしておりました秋山(直)です。

先日の追いコンで、やっと後輩に追い出されました。後輩のみんなありがとう!

同期でリーダーをやっていた永渕は昨年の追いコンにいたような気がするけど、そこは気にしてはいけません。

久しぶりの日記だと思ったのですが、そういえば去年なぜか後輩の間を埋めるために日記を書いていました。説教臭いことはそこで書いたので、(昨日の日記の人とは違って)楽しかったと思うことを書き連ねていこうかと思います。

・YNFP13時代

入部した当初は何もかもが新鮮で、新しいことを覚えていくことが楽しかったです。13マシンももちろん触らせてもらいましたが、先輩の秋山さんや曽根さんと一緒にカートをばらして、掃除して、また組つけてという一連の作業を体験しました。僕の場合はそのときに工具の使い方やねじの種類などの基本的なことを学んだとおもいます。あのときはなかなか組つけられない部品を先輩があっさり組つけるのを見て魔法のように思ったものでした。エンジンこそ無かったけれど組んだカートにのって人力で押してセンターの前を走らせたのは良い思い出です。あのカートにはその後散々お世話になりました。ありがとうございました!

あとは、マシンをドライブしたかった自分にとっては13マシンを運転していたときはとても楽しかったです。正直、問題だらけのマシンでしたが、NATS(日本自動車大学校様)の敷地を借りて練習したスキッドパッドとか、とにかくマシンに乗れている現実が嬉しかったです。その分大会で乗れなかったのは相当落ち込みしたが。ちゃんと脱出の練習しよう!

・YNFP14時代

14チームでは1年生ながらシャシーリーダーをすることになりました。大会後に13マシン用のスタビライザを製作していたのですが、製作の予定立てや、それに向けてのロッドエンドやボルト類の用意などがうまく進んだときはシャシーリーダーとしてのひとつの自信になりました。もっとも、他のシャシー班メンバーは全員先輩だったので、一緒に考えたりしながら進められていたのが良かったのかもしれません。

正直なところ1年生のときは設計するパーツがサスペンションジオメトリ、ペダル、ブレーキ、スタビライザと多く、知識も乏しかったため一つ一つの設計は今振り替えるとひどいものだったなと思います。でも自分達の設計したものを実際に作っていく製作期は楽しい時間の方が多かったですね。

自分はフレームパイプ等のすりあわせ要員としてグラインダーを回していたわけですが、あのパズルみたいにぴったり削っていく感覚が楽しかったのですが、なぜかこれは他のメンバーに共感してもらえませんでした...。グラインダー万歳!

あとは製作期の合間にある大学の入試休みで行ったカートはとても楽しかったです。クイック羽生のコースを1日で約200周した日もありました。あの練習と経験があったからこそ、その後にドライバーとして活動出来たのだと思います。曽根さん、お世話になりました!

マシンが出来てからは走行会などでマシンに乗る時間が増えた分楽しかった思い出が多いように思います。中でも楽しかったのはもてぎ走行会でしょうか。直線番長なうちのマシンはなぜかもてぎでは速く、二日間通して全セッションでトップタイムを記録できたのは珍しく自慢できる話ですね。いつかもてぎで大会やってくれれば優勝出来るのかなぁ...。

大会はアームが折れたりブレーキ効かなかったりアクセラとスキパ出られなかったりといろいろとありましたが、個人的には大会のオートクロスとエンデュランスを走れたのが非常に印象に残っています。エンデュランスでスピンしてチームの皆さんには申し訳ない失点をしてしまいましたが、あの悔しさはその後の成長に繋がったと思っています。

オートクロスの出走を待っているときに、当時パワートレインリーダーだった高倉さんに

「1分切ったら夕飯おごってあげるよ」

と言われたのでがぜんやる気が出て、宣言通り59秒台を記録しました。その日の夜はジョリーパスタでパスタだけではなくデザートまでおごってもらいました。物につられて頑張る単純な男でしたね。ごちそうさまでした!!

・YNFP15時代

晴れてメインの代となったわけですが、同期は少なく(というか出現率が低く)後輩が多いというチーム構成だったため、自分は出来るだけメンバーとコミュニケーションを取って議論したり相談したりする機会を設けました。テクニカルディレクターという役職上、責任もあり周りからもいろいろと言われる立場だったので楽しいことばかりではありませんでしたが、これも速いマシンを作るためと考えて作業を進めていました。

15時代の楽しかった思い出を振り返ってみると、なぜかトラブルが起きたときばかり思い出されますね。シェイクダウンに向けて作られたワイヤーハーネスがひどいクオリティで、シェイクダウン後に徹夜しながら笠原と一からハーネスを作り直したときは、当時は辛かったのだと思いますがなんとなくテンション上がってわいわいしながら作っていたと思います。一段落したときに部室で飲んだシャンメリーは格別に美味しかったですね。乾杯!!

あとは、シェイクダウン後のエコパ走行会で、走行中に跳ねたパイロンが見事に排気口をふさぎサイレンサーが爆発したこともありましたね。多分、三井は死にたくなる思いだったのだと思いますが今となっては笑い話です。

爆発といえば8月の三支部走行会では、3Dプリンターで作ったサージタンクが2つに割れたなんてこともありました。そんな中で、実は吸気担当の肺も吸気漏れしていたなんてオチが付きましたが。

大会は、異常なほど忙しかったです。実を言うと、デザインファイナルに残れるほどだとは思っていなかったので、一番最初にファイナル出場を知ったときは、嬉しさよりも何かの間違いかと思いました。その次に思ったのは

「あ、今夜も寝れないんだ」

という、なんともネガティブな感想でした(笑)

でも上位とは差があったものの、多くの学生の前で自分のマシンについて話が出来たことは今考えるとこの上なく幸せな経験だったと思います。

動的ではオートクロスが雨で中止になったのは残念な部分もありましたが、あの雨が無かったらもっとひどい順位になっていたことでしょう。この秘密は墓場まで持っていこうと思います。当時のシャシー班、本当にお疲れさま!!

無事(?)にエンデュランスに出走し、一時は64秒台で走るなど比較的速いペースで走れていましたが、本当は表彰台に乗りたかったです。でも、エンデュランスを完走出来たときは本当に嬉しかったし安心しました。マシンに乗る時間はいろいろな機会にありましたが、あの15大会での10分間が自分の中で最も貴重な10分間です。

・YNFP16以降

引退してからは、同期との飲み会が一番楽しかったですかね。ふぐ鍋食べたり、馬肉食べたり、おでん食べたり、野球観戦しながらシュウマイとビールを頂いたりと。ただの呑んだくれでした。酔っ払い最高!

つらつらと昔の思い出を書き連ねてみました。本当はもっと楽しかったことも、辛かったことも、悔しかったこともたくさんあるけどこれくらいにしておきます。

でも、この楽しかった思い出たちは、決して一人では得ることは出来なかったでしょう。チームの皆の頑張りがあってマシンが出来たから、マシンをドライブする楽しみを感じることが出来ました。製作の設備があって、いろんな知恵を頂いた工場職員の方々がいたから、製作の楽しみを感じることが出来ました。カート場や先輩のサポートがあって面倒を見ていただいたから、カートで思う存分練習することが出来ました。私たちの活動を応援してくれるスポンサー様がいたから、あのマシンを作り上げることが出来ました。大会でスタッフとして仕事して頂いている大人の方々がいたからこそ、最高の10分間を得ることが出来ました。

部活で過ごした時間は、自分にとって本当に貴重な時間になりました。この楽しさを一緒に作り出したメンバーや、サポートしていただいた方々に本当に感謝しています。みんなありがとう。

大学からは離れますが、多分神奈川県内から後輩の活躍を期待しています。皆頑張れ!

最後は15大会で撮った写真で締め括りたいと思います。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。

明日の日記は実はまだ大学に残る植村さんです。