2年半の波乱万丈劇

お久しぶりです。

YNFP14チームリーダーの木南です。

追いコンでは素敵なプレゼントを頂き、また現役、OB関わらずたくさんの人と話すこともでき、とてもハッピーな一日でした。タンブラー使います!!

さて、この度大学を卒業し社会人になるわけですが、振り返ってみると波乱に満ちたYNFP生活であったことは間違いないです。

そこで今回はそんな昔話もしながら、自分が感じたこと、学んだことを少し書こうかなと思います。

まず入部するつもりなかったですしね、入学当初は。それが色々あってサイクリングサークルではなくYNFPに入部することになりました。当時はYNFP12ですね。たまたまサイクリングサークルの仮入部でも一緒だった塙

とは最初よく話していた記憶があります。夏には松山(にぼ)

が一年生中心のカウル作業で事件を起こしたのもいい思い出です。一生忘れません笑。大会では目の前でマシンが止まる瞬間を見ることになり、モノづくりの怖さを実感しました。

初めての大会が終わり、続いてYNFP13の代がはじまりました。この一年は自分の人生で一番大変な一年でした。事件やピンチが多すぎて、"逆にみなぎってきたわ~"

っていう感じです。そんな中でも加納

は文句も言わず、皆が寝ている中一人作業している時もあり本当に凄いと思っていました。また植村

もすでにチームの首脳の一人としてまとめてくれていました。波乱に満ちた一年は総合6位となり、自分達が一番驚く結果となりました。

そして遂に自分たちの代、YNFP14です。前年度の反省を活かし、優勝を目標とするのは変わらずですが、なるべく自分達だけで余裕をもって楽しく活動することを目指していました。あっ、高倉

が坊主にしてリアル川崎のヤン〇―みたいになっていたのもこの時期ですね。

また出会ったときは話すスピードがゆっくり過ぎてあざとさMAXだった小市

も、責任感からか少しマシになっていました笑。そしてなによりサブリーダーの中崎

がサポートしてくれたお陰で僕はなんとか一年間リーダーを務められました。

今となっては振り返ることもできますが、現役メンバーとして活動しているときは無我夢中で目の前のことに精一杯で時が過ぎるのがあっという間でした。また、夜遅くまで作業したり、勉強との両立が難しかったり、その他思い通りにいかないことだらけでした。

そんな中で、昨日の加納の日記でも少し触れていますが、この活動を続けるモチベーションについて考えた時期がありました。考えるきっかけは単純で、①メンバーが多く辞めてしまう状態であった(当時)ことと、②自分がチームリーダーになったことの2点です。

でも自分一人で考えても結論は出ず、その後メンバー一人一人と面談も行いました。その中で、なぜこの活動したいかや、個人個人の能力、活動に対する優先度がメンバーによって全く違うとわかりました(当たり前ですが...)。

YNFPは大学の部活動の一つに過ぎないと考える人もいれば、この活動のために横国を受験した、という人もいます。大事なのはどちらが正しいかではなく、"どちらもいる"

ということです。いや、極端に言えば全員違う考えを持っていると思います。そういう状況、他人の意見を認め合って、時にはチームのために譲るところは譲っていくことが重要だと自分は実感しました。他人に認められたら「また頑張ろう!」ってなりますしね!

まとめると、僕はこの活動で一番大切なものは何か、と聞かれたら「人」だと迷わず答えます。

どれだけ資金、ノウハウ、そして歴史があるチームだとしても人がいなければマシンは作れません。もしただ速いマシンを作って乗りたかったらわざわざこの活動を行う意味は少ないと思います。それよりチームとしてコンセプトを話し合い、議論しながら設計・製作を進め、走行会でも一人一人がチームのために出来ることを行う。メンバー同士も少しでもいいから感謝の気持ちを互いにもって支えていくことが必要だと思います。そんな経験ができるところがこの活動の大きなメリットの一つです。

そういったことを学べたこのYNFPの活動は自分にとって本当に貴重な財産になったと思います。

最後になりますが、この活動においてお世話になったすべての人に感謝致します。この経験をこれからの社会人生活に活かして参ります。

本当にありがとうございました。

明日の日記は普段しゃべるときはゆっくりなのに、スキーでは俊敏な動きを見せていた小市です。